2004年08月03日

見えない援助者

今迄に3度ほど、今は亡き、母方の祖父の“気配”を感じた事がある。
祖父は軍人で、私が生まれて間もない頃、戦犯として巣鴨の拘置所にいた。勿論私には祖父の記憶はなく、祖父は生まれたばかりの私を大事そうに抱いていたと言う。祖父には3人の子供がいたが、私の母を一番可愛いがっていたそうで、遅い孫だった私を、亡くなるまでずっと気に掛けていたようだ。私にとって唯一の祖父の想い出は、軍服を着て直立不動で立っている、厳格な印象の写真だけだった。

はじめての気配は、私が9歳位の頃だった。友達と2人で自転車で遊んでいた時だった。
私が先頭を走り、その後から友達が追走していた。
丁度、下ってくる坂道と交わった交差点に差し掛かったとき、私の中で誰かが
「先に行っちゃいけない!」
そう囁いた。私は素直に、交差点の手前で友達を先に行かせた。
そして、友達の背中を交差点の中央に見た時…!
エンジンを切り、凄いスピードで坂を下ってきたバイクに、彼女は跳ね飛ばされた!

体格の良かった彼女は、奇跡的に打撲と軽い擦り傷で済んだ。
もしも、その当時やせっぽちだった私が通りかかっていたとしたら…。
私は、あまりの恐ろしさと、彼女への申し訳ない気持ちで一杯になった。
まさか、こんな事故が起きるとは思いもしなかったのだ。
ただ、私に知らせたその主は、紛れもなく
「記憶のない祖父」
その認識だけがはっきりと意識に残っていた。

2度目は、20代前半。都内の駅で始発の電車に乗った時だった。
後ろから3両目辺りの連結部近くに座った。基本、私は1度座ったら移動はしない。が、その時またも
「ここに座ってちゃいけない」
と、移動を促す声が聞こえた。
私は隣りの車両の連結部近くに移って座った。この時も、
「それによって、どういう結末があるのか!?」
まではわからなかった。
電車が動き出して5分くらい経った時、
ガチャン!
物凄い物音がした。音の方を見ると、男の人が顔を押さえ、その指の間から、鮮血が滴り落ちようとしていた。その目の前には大きな鉛の固まりのような物が、窓ガラスの破片と共に鈍い光を放ちながら、転がっていた。窓の外から投げ込まれたらしい。
そして、驚くべきことにその男性が座っていた場所は、まさしく私が最初に腰を下ろした場所だったのだ!

もし・・もし私が移動していなかったら・・その声が聞こえなかったら・・・。

その祖父の墓は、都下郊外にある。
私の家からは遠く、墓に行くとその後に必ず良くない事が起こったり、頭痛に悩まされるので、出来れば行きたくない場所だった。その日も朝から、本当は墓参りに行く予定だったが、支度をする両親に任せ自分はドタキャンするつもりで、ベッドの中で半分寝ていた。
夢か、うつつか解らないのだが・・・祖父が出てきて、
「どうしても来て欲しい」
と訴えた。私は仕方なく重い体を引きずって、お墓参りへ行った。

墓に着いた時、祖父に導かれるように、私は普段は立ち入らない墓の裏に回った。
すると、真新しい文字が墓石に刻まれていた。
「なんだろう?!」
それは、数ヶ月前に亡くなった祖母(母方の継母。付き合いはなかった)が、無断で祖父の墓に埋葬されたことを物語っていた。その祖母には実子がおり、彼女は今迄1度も、実の父でもある祖父の墓に足を運んだ事もないのだが、無断で祖母を同葬していたのだった。

両親は驚いた。そして、もしも、今日私が来て、突き動かされるように墓の後ろを見なければ、自分達は到底そんな字など見つける事は出来なかっただろうと。今日に限ってしおらしく墓に来て、それを見つけた私の行動を不思議がっていた。
紛れもなく、私は祖父から導かれたのだ。

写真しか記憶にない祖父。
けれど、何時も私の近くにいる気配がする。かなり厳格だったらしいが、私にはこんなふうにお願い事をして来たり、助けてくれたり、普通の「おじいちゃん」と変わらない。そして、見た事のない笑顔さえも、感じる事がある。
私は無神論者だけれど、誰しも、先祖や亡くなった身内が、必ず自分たちを見守ってくれているように思う。
ただ、その存在に気付かないだけで。


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posted by Cimbombom at 23:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 本当にあった怖い話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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